ファッションや芸術など、日常のことや人との出会いを通じ生み出された樹瑠の創作詩やイラストレーションを公開しています。

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繋がるもの
従業員用の出入口の一つは、式場の裏手にある倉庫で邪魔にならぬように棺も置いた場所であった。
白の布地に刺繍が施された棺が出棺分出されると、窓から棺の置場だけ日が差し込み立に置かれた分白樺の林の中に居るようでもあった。
一つ二つ無くなり、友引前少々スペースが出来ると日光の暖かさが余計に身に染みて物悲しくもなった。
大きな成人用の棺の間に、時折小さな棺が置かれている事が何度もあった。
トーンが少し暗めの、サーモンピンクの棺には楽しそうに楽器を奏でる笑顔のテディベアが描かれていておもちゃ箱にも見えてくる。
それが一つ二つ無くなる度ふっと淋しさを覚えた。

在職中の初春、赤ちゃんの葬儀が執り行われた。

その日は、外部の花屋の担当だったが片付けを手伝いに行く準備の為、出棺後直に式場へ行くためにモニターを見ていた。
真夏の森のように、爽やかな翠の樒の飾りを背にお別れで入れられて行く樒で棺に入れられた赤ちゃんの周りが埋め尽くされると数人の男女が棺を取り囲んだ。

母親らしき人物が、何度も何度も頭をなでぎゅっと抱きしめていると傍にいた数人が順番に赤ちゃんの顔を何度も覗き込み頬に触れそのうちの1人がそっと女性の方に手を置いた。
いつもより長いお別れ時間が取られ、名残惜しそうに蓋が閉じられた後参列者に見守られながら静かに静かに棺は火葬場へと向かった。

「今日の赤ちゃんは、病気を持って生まれて来て死産でもおかしくない状況だった。
一歳半になれたこと事体、奇跡的なことだったみたいだね。」
式が終った後、花屋さんから耳にした。
参列客とすれ違ったとき「頑張ったね。本当に。」
の一言も聞こえた。

この時の施行は、昨年亡くなった知人の「葬儀は、かけがえの無い素晴らしい仕事。」の一言と共に今でも深く深くこびりついている。



※何処も式場内には、カメラが設置されていて建物内の各部署のモニターに常に様子が映し出されている。
このモニターで、式場内の動きを確認しながらお別れや片付け・飾りに向かう。
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夏の風物詩
夏の暑い盛り、霊安室に入るのはとにかく嫌だった。
凄く冷えた薄暗い部屋の中では、防腐剤の臭いに混じり微かに不快臭がした。
例えるなら、尿と血が入り交じったもの
最初のうちは、軽い吐き気と部屋の薄暗さに悪寒を覚え急いで一輪差しを変えた後逃げる様にエレベーターに飛び乗ると廊下の明るさやエレベーターの下る音が、まるで蜘蛛の糸の様に有難く思える物へと変わった。

最近、自殺者が多いですね。
今週に入り三件、そのうちの一件は自分が担当しました。


多忙期以外でも、時折耳にした会話の後方付けや飾りで裏を通る時ビニールシートを抱え霊安室に入る社員にすれ違う事も多かった。

一度だけ、直にその光景に出くわした事がある。
『今回のご遺体は、腕だけしかない。くれぐれもご家族には見せない様に。』
女子社員に指示を出した後、男性と女性で素早く柩を覆い隠していた。
多分あれがそうだな。
その日の朝、変死体と処理されたモノが来たと耳にしていた。

昔はね、もっと変なのが来ていたんだよ。
私も、現場迄引き取りに行った事が何回かあるし拾った事もある。
飛び降りの現場は悲惨だった、それをね木箱に丁寧に入れて行ってね。
箱を抱えて帰った時、会社のエレベーターで、事を知った奴に聞かれるんだよ。
先ほどの仏さんですかってね。

・・・・・。

ベテランの社員から、この話を聞いて以来施行部の事が見えにくい面もあった事もあり明らかにいつもと違うモノを抱えた社員さんと乗り合わせる事を徐々に避けて行く様になっていた。






通勤着のこと
何処でもそうだと思うが、勤めていた祭典会社では部署や支社により違えど、通勤着にはちょっとした決まりがあった。
○男性社員は、全員スーツ着用。         ○女性社員は、私服可ただしジーンズの着用不可。
○男女とも私服可。
ただしスーツ着用の際はネクタイ必須。
配属された部署の支社では、男性はスーツ・女性は私服可但し明るい色物や柄ものは禁止と少々うるさく言われていた。

困った。

最初とにかく困った。
幸い、明るい色でもパステルカラーの物や白黒のボーダーや水玉は少しだけなら取り入れられた。
とにかく今まで以上に頭を使ってコーディネートを考え、時間が出来たときは更にショップに足を運び店員に聞きまくりディスプレイをみて回った。
スーツでしか行かない時期があり、インナーや小物を変えながらスーツコーデもたくさん考えた。

限られた中でね服装は、大変だったけれどとにかく楽しめたしバリエーションも増えた。
色々出来たから、スーツを着ることが大好きになった。(着ていると、出来る女気分にもなれる←笑)

店員さんにも、限られた中でのテクニックは上級者レベルにもなると教えて頂いた。

よく、スーツは堅苦しくて嫌だと聞くが個人的には、私服の方が嫌った。
周りを気にする神経を使いすぎるから。
夏は大変だけれど、とにかくスーツを着るのはおもしろくて仕方がない。

今は、制服通勤・羽織は自由に着て休みの前の日だけ私服で帰るのが習慣になっている。

どなたですか?
この話ね、出来ればずーっと黙っておきたかったんですよ。
とにかく訳が分からなかったから。

去年の三月半ば、提出書類を書くために遅くまで残っていたんです。

『コンコン・コンコン』

式場から聞こえる・・・・。

『コンコン・コンコン』

丁度、お通夜が終わるか終わらないかの時間にドアの向こうから。

『はーい。』

やっぱり、何回か聞こえたんです。
式場のお客様のざわめきに混じって。

返事をして、立ち上がり駆け出そうとした私に上司が驚いて声を掛けて来たんです。

『何処行くの!!』

 『今、ノックの音がして・・・・。』
『聞こえねえよ!!ふざけるな!!!』私が言い終わらないうちに、その上司の横に居た方が恐い顔で睨んで怒鳴って来たんですよ。

もう驚いてしまって、周りも暫く無言になって作業を進め何事も無かった様にその日は幕を閉じました。

どうしても腑に落ちなくて。
でも、帰って風呂に入ったら忘れてしまったんですがね。

次の日、式場の生花の最終確認をするために早めに会社にいったんです。
『おはようございます。』
二番目に出社した、上司に会釈をして式場に入ろうとした時声をかけられたんですよ。

『そこの出入り口、出棺迄塞いで居るから裏から回って。』

一体誰だったんですかね?
ありがちな話ですが・・・・。

死人に口無し言葉無し
初めて立ち会った葬儀は、いくらか若い男性だった。
大きな遺影を掲げた、制服姿の男の子二人を残された働き盛りのお父様。

入社したその年は、父の体調があまり良く無い事に加え一か月の間頻繁に父と同年代のかたの葬儀が多く入っていた。
『近いうちに、死ぬんじゃないか?』
慣れない上に、変な不安に襲われそれらを振り払う為にも何も考えず必死に動いた。

天寿を全うした故人
結婚の直前に急死した二十代の故人
大往生だと言われ100歳を過ぎて亡くなった故人
初めての韓国式葬儀
教え子に囲まれた師範や先生
寒い時期は立て続けに入った二部屋使用の大きな葬儀等。

最後に少しだけ接したのは、未だ若い方を事故で亡くされた御遺族。

『わしゃ戦争中、黒こげの遺体を沢山見て来た。
それでも、この年まで生きて棺桶に入るのは一番先だと思っていたのに。
どうしてかのう?何で孫の姿を見にゃいかん・・・・。』

残りの花を担当者に渡した後、ご遺族の方と互いに軽く会釈をし、事務所に戻る後ろでそんな会話が聞こえて来た。
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